初代 杉本ナミが、昭和2年に小料理屋を「おすぎ」と言う屋号で営業開始。
(当時 「おすぎばあさん」と呼ばれていた事から、その名を屋号にしました)

昭和40年現店舗に移り、小料理屋としてオープン。
その後なぜ?お好み焼き屋?
現店舗の開店当時、酒の弱い2代目女将(現在の女将)が後を継ぐ事となり
この地区(神谷バーから現オレンジ通り及び伝法院通りの一角)、を散策。
そこで、無い商品を探したところ、おでん・おにぎり・お好み焼き屋でした。

もんじゃ・お好み焼きを販売するにあたり、調べた結果、大きく分けると2通りありました。

@土手(陣地)を守りながら焼く、子供のおやつ系駄菓子屋もんじゃ(水焼きもんじゃ)
5・6人の子供が集まり、1つの鉄板で焼くので、となりの子の陣地に入らないように、
小さく土手をキープしながら、食べる方法しか無かったようです。

A花柳界(料亭街)の中にある、大人のおつまみ系もんじゃ
昭和の初めには、町中にはお好み焼き店は無く、遊びに出掛ける前の粋な旦那衆
や芸者さん・仲居さんなど、お仕事前の腹ごなしに出掛けたと言われています。
冷蔵庫の無い時代には、乾物(切いか・桜えびなど)や保存の利く野菜(長ネギなど)
が主流だったそうです。




当店では、開店以来大人のおつまみ系もんじゃにこだわり、旬の食材を魚河岸より仕入れ
お客様にご提供しております。
冬なら『牡蠣』・夏なら『あさり』とエキスの美味しい物を具材に使い、自然の味を損なわない
もんじゃに仕上げております。
他店のもんじゃとは、ひと味違う品をお楽しみ頂ければと思っております。